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佐世保簡易裁判所 昭和32年(ろ)171号 判決

被告人 森敏明

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は「被告人は法定の除外事由がないのに、昭和三十二年五月四日午前九時頃佐世保市万津町一番地先道路の曲角より五米以内の場所に小型自動四輪車を停車したものである」というにあつて罰条は、道路交通取締法施行令第三十条違反の行為であつて同令第七十二条に該当する、というにある。

仍て審究するに、司法巡査作成の犯罪事実現認報告書、当裁判所のなした証人辻安夫に対する尋問調書及び検証調書を綜合すると、被告人が昭和三十二年五月四日午前九時頃小型乗用自動車、長崎県五―い〇〇二四号を操縦して佐世保市万津町一番地九洲商船共運組前道路の曲角に約二分間右自動車を停車していた事実を肯認することができる。然るに当裁判所のなした証人桑原正信に対する尋問調書、被告人の当公廷における供述並びに前記検証調書を綜合すると、被告人が右の如く停車するに至つた事情として、被告人は前記日時の直前頃流しのタクシーとして前記自動車を操縦して同町佐世保港市営第一棧橋で下船上陸した自動車の乗客を求めて右棧橋前の小松海運会社前道路上に来り折柄同所前方に従列を敷いて停車し先頭車から次々と乗客を拾つて発進するタクシーの列の最後尾に接続してその列に加わり停車していた。折しも佐世保警察署水上警部派出所勤務の桑原正信巡査が私服勤務で同所に来り、折柄右棧橋の上陸客等で同所前の道路は混雑を呈していたので、同巡査は一時同所の交道の整理に当り、乗客を待つて停車している前記自動車列の先頭附近において、先頭車の停車すべき位置を右道路の曲角に当る前記九洲商船共運組前と指示した。これによつて爾後先頭車は右位置に停車して後続車はこれに続き、先頭車の進発に続いて後続車は順次右位置に進み出でて乗客を待ち、被告人が順番の到来に依つてその先頭位置に進み出で停車していたが、その折には前記桑原正信巡査は同所を離れて他の場所で勤務に服していた事情を認めることができる。更に前記辻安夫証人の証言に依れば被告人が右位置に進み出た直後頃辻安夫巡査が同所の交通整理のためやつて来て被告人を停車場所の禁止に違反ありとして検挙するに至つたものであることを認めるに足りる。以上の事実に依れば桑原正信巡査のなした先頭車の運転者に対する指示は、少くともその当時これと列をなして停車していた自動車の運転者全員に対してその効力を及ぼすものと解すべく、従つて右列に加わつていた被告人が前記の如く九州商船共運組前道路曲角に自動車を停車していた行為は警察官の指示に従つたものであつて元より適法な行為であるから道路交通取締法施行令第三十条の禁止に違反した簾は無い。従つて本件被告事件は罪とならないので刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の裁判を言渡すべきものとする。

仍て主文のように判決する。

(裁判官 真庭春夫)

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